Kai Hajimeのおすそわけ

脱社畜!子育てサラリーマンのInputとOutputをおすそわけ

絶対損してる! もっと楽しく上手にインターネットを使う方法

おはようございます。

先日軽く触れた糸井重里さんの著書「インターネット的」を読んだ感想を書きたいと思います。 

 

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消費者目線からのインターネットの真理

今から14年前の2001年に発行された本ですが、今でも色褪せない斬新な内容で、これからもっと進化するインターネットを活用する際に

 

「今よりちょっと生活が楽しくなる!」

 

ためのヒントが溢れています。是非読んでいただきたい本です。

少々長くなってますが、最後までお付き合いくださいませ。

 

自分が得たモノをシェアすることで自分も幸せになる

今年の6月にブログを始めるまではネットは情報収集、買い物、暇つぶしなど、主にみる専門で、受け取る側でしかなかった自分にとって

 

「お金や時間をただ消費するだけにインターネットを使うにはもったいないな」

 

と心底納得させられました。  

 自分ひとりで楽しむことが悪いことではありません。

 

モクモクと自分の作ったものや、お気に入りを一人で楽しむことが楽しいと思う人がいてもイイと思いますし、それも一つの楽しみ方です。

 

だけど自分は「これ旨いよ」とか「あれオモロイで」「あの曲カッコ良くね?」など

 

時にはお互い自慢しあったり、小さな感動を伝えたりするのって楽しくないですか?

twitterやFacebookなどのSNSで自分を発信することはもはや当たり前。

 

楽しみやお得な情報をインターネットで「シェア」することの楽しさ

「シェア」することで、とてつもない量のシェアされたものが自分に帰ってきたり

 

自分が得たもの「シェア」することのメリットを糸井重里さんがわかりやすく説明してくれています。

 

「インターネット」と「インターネット的」

「インターネット」と「インターネット的」を字面では単に「的」があるかないかのこと。

だけど、これが重要なポイントで自動車モータリゼーションの違いみたいなものだと著者は言っています。

 

インターネット=自動車と道路のセット

インターネット的=モータリゼーション

 

まず著者は、、、

モータリゼーションという言葉は、自動車が発明され、社会に広く浸透していくようになってから変化していったことのすべてを含みます。自動車があると車庫が必要になるし、様々なニーズや市場もどんどん出てきます。荷物の運び方も変わる、旅館も変わる、商店街も変わる、デートのしかたも変わるし、その前のナンパの方法だって変わる、人の遊び方も変わる、お金の使い方も変わる・・・・・。自動車の出現によって、それにまつわるモータリゼーションという世界がぐんぐん拓けていったわけです。

 

そしてこう続きます、、、

 

ただ、このように、モータリゼーションの爆発的な飛躍には自動車が不可欠でしたが、同様に、インターネット的なものにも、インターネットが不可欠なんだろうか・・・・・というと、そうでもないような気もしているのです。そういうところが、インターネット的のフトコロの深さというか、何だかおかしいところです。

 

んんん、、、?「インターネット的」なものにインターネットが必要じゃない?

 

「インターネット的」がどんなモノかは一旦置いといて、「インターネット」という言葉がつくのにインターネットが重要じゃないとは?

 

インターネットは、「伝える仕組み」です。いわば、人間の生み出す情報という「料理」をすばやくどこにでも届ける「お皿」です。ほんとうは、一番面白いのは、お皿に何をのせるかということのはずです。お皿自体には、ぼくはあまり興味がないのです。

インターネットという新しいメディアも、まだお皿のことだとか運び方についてばかり考えられている。ぼくとしては、「お皿にのせる料理以外には何もわからなくていい」というくらい極端な立場にいたいのです。

 

この例えではインターネットは「お皿を運ぶ仕組み」でしかない。

その仕組みも大事だけど、もっと大事で面白いことは「お皿になにをのせるか?」ということです。

 

この本が発行されたのは今から14年前の2001年7月です。

僕が大学を卒業して間もない頃で、今みたいにインターネットで動画や画像を楽しんだり、買い物したり、ブログ見たり書いたりということは少なくとも自分には縁の遠いモノでした。

当然スマホなんて無いし、ISDNで夜な夜な「早っえな〜!」とか言いながら家のパソコンでインターネットしてました。

 

著者はそんなインターネットがこの先どうなるかなんて多くの人が想像できない時代に、誰もがお皿を運ぶ速さや運び方にばかり目が向いていた時に、お皿にのせる料理こそが大事だと書いています。

 

リンク・シェア・フラット

この中でも自分は「シェア」について書かれている部分にグッときました。

 

料理なんかでも、ひとりで黙々と食べて、「全部独占してやるッ!」というよりは「ねえ、食べてごらんよ」というほうが、より楽しくておいしいでしょう。「いや、誰にもやらん!」という人がいてもかまいませんけれど、ね。分けあうということは、なぜかは知らねど、楽しい、と。その「シェア」というよろこびの感覚がインターネット的なのです。

 

また

 

インターネット的という考え方からしたら、企業が市場を「独占する」ということなどは、ちっともカッコ良くないのですね。誰も、うれしくない。誰もうれしくない、ということを推し進める企業が、市場の主役である人々から嫌われていくであろうことは、これからの社会の動向を見ていかなければ結論づけられないとは思うのです、予感的には、ぼくはそうなっていくだろうと考えています。 

 

現にそうなってますね。企業が消費者を無視して利益に走ることは昔からよくある話です。生産手段、コストがどんどん安くなっていたり、素人がモノをつくることに参加しやすい現在の状況からすると、消費者軽視の企業は淘汰されます。

 

「市場がイニシアティブを持つ」という背景を考えたとき、企業にとっての「シェア」の考え方というものがきわめて重要になってきます。企業が自分の利益を考えるのは当然のことなのですが、その利益を何らかのかたちで社会に「シェア」していく考え方が、もっと大事になると思うのです。ほんとうは、これも別段新しい考え方ではありません。だって、もともと、会社の額に掲示されている「企業理念」のところには、「ひろく出版文化に貢献し」とか「地域社会の発展に寄与し」とかシェアの考え方が書いてあったはずなのですから。どこの会社だって、「うちだけがひたすら儲けて、他の競争相手がぐうの音も出ないようにしてやるべく」とは、宣言してなかったはずでしょう?

 

僕が思うに、企業のほとんどは「競争相手がぐうの音も出ないほど儲けたい」という姿勢はしょうがないです、競争社会ですから。

企業がどうあれ個人が「シェア」することを今よりもっと大事にすれば、少しづつでも世の中はイイ感じになるのかな? なんて思います。

 

情報はたくさん出した人のところに集まる

 たとえば、肉じゃがの上手な主婦がいたとしたら、そのレシピ(つくり方)を無料で、おすそわけすることが可能ですよね。現物は届けられなくても、おいしい肉じゃがのレシピがおすそわけできたら、ごく短い期間で、日本の肉じゃがが美味しくなるというような可能性があるわけでしょう。

ネットがなかったときには、電話をひとりずつにかけるなどということはあり得なかったし、遠くにいる人や、知りあいでない人にはレシピをおすそわけできなかったんですよね。だけどインターネットで、いい情報が発信できたら、それは理論的には世界中の人々に、あっという間に伝えられるわけです。

 

今では当たり前のこと、ごく普通のことです。FacebookやTwitterなどSNSで世界中におすそわけできる時代になっています。自分は定期的につぶやいたり、オープンに日常をSNSでおすそわけできるタイプではありませんが、、、

 

もらってばかりいる人は、いつまでたっても「少しもらう」ことを続けることになります。おすそわけをたくさんしている人や企業には、「これもあなたが配ってください」と新しい情報が集まる交差点のようになっていきます。

 

なるほど

 

モノもコトも情報のかたまりですから、これは新しい意味での生産手段を手にいれたのと同じことになります。また、配られた人は、この人や企業のシェアしてくれるものは信頼できると思ったら、その次の情報を待ちますから、そこには不定形な市場もつくられている可能性があります。

 

自分はいつも受け取るばかりです、、、欲しいモノや気になるコト、知りたいコトなどを調べるときには9割ネットで情報を探します。ただ、たいていの場合そこで止まっています、、、

 

おすそわけしてもらった人は、どうするのがイイか、と言えば、シェアしてもらったことに対して「ありがとう」と思えばいいんです。むろん、思うだけでなく、メールとかで相手に直接言えたらもっといいんだけれど、思うだけでもいいだろうし、何よりおいしい肉じゃがを自分もつくれば、それが一番のお礼なんです。

さらに、です。「ありがとう」の代わりに、「では、わたしも別のレシピをシェアしましょう。みなさんに配りますよ」となる場合もありますよね。

 

著者も言ってますが「快適な連鎖構造」です。

「ありがとう」と思うだけでもイイ、、、だけどもう一歩前へ。

「いいね」したり「リツイート」したり、実際に試したり。そしてさらにもう一歩前に出て、自分の持っているモノやコトをおすそわけする。

素晴らしい。

 

みんな自然にやってると思いますが、自分はやってこなかった。これからは自分もただ受け取るだけではなくて、いただいたら「ありがとう。じゃあコレなんてどうよ?」みたいな感じで「おすそわけ」していきたいと思います。

 

まとめ

「インターネット」は情報を運ぶ「仕組み」にすぎない。

「インターネット的」「シェア」というよろこびの感覚

 

情報は頂いたままそこで止めずに「おすそわけ」する。そうすればもっと美味しい情報が集まってくる、といったところでしょうか。せっかくインターネットという便利な道具を使うなら、ただ消費するだけじゃなくて楽しみに変えられる使い方をしたいですね。

 

もうバレバレですが、このブログタイトルの「おすそわけ」という言葉はこの本から頂戴しました。自身いただいてばかりだったので、これからはご近所さんから、遠くのかたまで、このブログで「おすそわけ」していきたいと思います。

 

この本は「インターネット的」は、今回取り上げた「シェア」という部分だけでなく他にも「今は当たりだけど、意外と忘れてたり、あえて流して気にとめてなかったこと」がたくさん書かれています。

 

インターネットの技術的な面や進化に注目が集まっていた2001年に、インターネットのソフト面での未来をここまで明確にユーモアを交えて発信する糸井重里さんってすごい方だと思います。改めて、ありがとうございます、と言いたい。

 

長々と著者の文章を一部書き写しただけの記事ですが、読んでいただいた方へ

ありがとうございます。

名著とは時間がたっても色あせないものだと思う一冊です。

オススメです。 

 

インターネット的 (PHP文庫)

糸井 重里 PHP研究所 2014-11-06
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また近いうちに別の部分をレビューしてみたいと思います。

 

Kai Hajime

 

 

 

 

 

 

 

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